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靖国問題に見る安倍政権の胡散臭さ

靖国神社は、宗教である。

「日本の国民ならば靖国に参拝すべき」と主張する人たちは、この明快な事実に、なぜ目をつぶっているのだろうか。
先日、靖国神社の春季例大祭に、麻生副総理ほか安倍内閣の主要閣僚をはじめ、与野党合わせて168人の国会議員が参拝したことが物議を醸している。中国や韓国の批判に対し安倍総理は
「国のために尊い命を落とした英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない。その自由は確保している。当然だろう」
と述べ、麻生太郎副総理は
「世界中で、祖国のために尊い命を投げ出した人たちに対し、政府が最高の栄誉をもって敬することを禁じている国はない」
と指摘。古屋圭司国家公安委員長は
「国のために命をささげた英霊に哀悼の誠をささげるのは当然だ」
と述べた。

いかにももっともらしい話に聞こえる。しかし、欠落している視点がある。
「なぜ靖国でなければならないのか」ということだ。

「アメリカのアーリントン墓地を訪れ、戦争の犠牲になった人たちへの慰霊の思いを表すのはどこの国の閣僚も行っている。靖国神社へ行くのは日本人として至極当然のことだ」と主張するが、そもそも靖国神社は墓地ではない。靖国に祀られているのは、まぎれもなく「神」なのだ。それも国によって作られた「神」。
一方、千鳥が淵には国が建設した無宗教の戦没者墓苑がある。
遺族の手に渡すことができなかった遺骨を納めた「無名戦士の墓」ともいうべきものであり、約35万5千人にものぼる戦没者の遺骨が納められているという。

こちらではなぜいけないのだろうか。どうしてもそこに何か思惑を感じてしまうのだ。

日本国憲法 第20条には、政教分離の原則が定められている。
「一 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
三 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」
また第89条には
「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便宜若しくは維持のため(中略)これを支出し、又はその利用に供してはならない。」
とある。

したがって、政教分離の具体的内容とは次の通りである。
・特権付与の禁止-特定の宗教団体に特権を付与すること。宗教団体すべてに対し他の団体と区別して特権を与えること。
・宗教団体の「政治的権力」行使の禁止。
・国の宗教的活動の禁止-宗教の布教、教化、宣伝の活動、宗教上の祝典、儀式、行事など。

政教分離と信教の自由の関係につき、最高裁判所は津地鎮祭訴訟の判決で、「信教の自由を確実に実現するためには、単に信教の自由を無条件に保障するのみでは足りず、国家といかなる宗教との結びつきをも排除するため、政教分離規定を設ける必要性が大であつた」として、信教の自由と政教分離は目的と手段の関係にあり、個人の権利ではなく制度的保障(自由権本体を保障するために、権利とは別に一定の制度をあらかじめ憲法によって制定すること)であるとしている。
(Wikipediaより引用)

日本においては、信教の自由が保障されているので、一個人として参拝するのは自由であり、それをとやかく言うつもりはない。しかし政治家が公的な立場で靖国神社への参拝を行い、また国政を司る閣僚が、それを「当然」と言わば国民への強要に近い発言をすることは、この条文に抵触するおそれがある。
そもそもなぜこの条文が憲法に盛り込まれているか。私達はその理由に思いを馳せなければならない。

大日本帝国憲法はその第28条において
「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」
と定めた。しかし信教の自由、及び「安寧秩序」「臣民の義務」という定義自体がきわめて曖昧であり、結果、神道は「神社は宗教にあらず」と実質的に国教化され、第二次大戦中においては神社への崇敬を「臣民の義務」として、神宮遙拝は日常化され、家庭や公共機関などに神札を祀ることが奨励された。戦時下において、日本は「神道」という宗教を持って国民の精神の統合をはかり、信仰上の理由でこれを拒むものに対しては、不敬罪あるいは治安維持法違反という罪を着せて、徹底的に弾圧して行ったのである。日本がかつてそういうことをしてきた事実を直視しなければならない。
「靖国で会おう」を合い言葉に、戦闘機また特殊潜航艇による肉弾戦で無為に失われた若い命。
その悲惨で無慈悲な行為に駆り立てたもの。それこそが国家神道ではなかったか。

靖国に果たして「神」はいるのか?
「神」とは何か?

狂気に近い無意味な抗戦が、広島と長崎への原爆投下という結末を導いたのではないか。

「神」への信仰が一国を滅ぼしたのだ。

これをカルトと言わずして何と言おう。
人々の信仰心やナショナリズムを持って人心を掌握するのは実にたやすいことだが、暴走を始めると歯止めがきかない怖さがある。日本は、イスラム過激派の自爆テロを批難できるのだろうか。
同じ手法で、未来ある有能な人材を死に至らしめた責任を、いったい我が国の誰が負っただろうか。
「靖国神社」とは、父や夫、息子を失った国民の苦しみや悲しみを、国家に向けることなく他所へそらすための、国が作った《装置》だと思う。
靖国神社の遊就館に展示されている特攻隊員の遺品の数々を見て、涙を流さない人はいないだろう。
しかし、それをもって自らを正当化する資格は靖国にはない。そこに若者を追いやった張本人こそ己であると言う自覚もなく、失われた命を楯とし利用するのは卑怯な行為と言わざるを得ない。

さらに、併合した朝鮮半島や満州においても、社を建て、神道を強要して行った事実。
逆の立場で考えてみればいい。私達が他国の《土着の》宗教を強要されたらどう感じるか。
この国の為政者や国民は、押しつけられる者の心の痛みに思いを馳せたことがあったのだろうか。

日本と言う国は、宗教的素養に乏しい。例えイワシの頭でも拝めば神になるらしい。
私に言わせれば実に荒唐無稽。宗教とは、オカルトでもまじないでも、癒しでも慰めでもない。
人が生きる上でのバックボーンとも言うべき大切なものだという認識がない。だから何でも拝んでしまうし、他人へも無頓着に強要して恥じない。雑誌に「パワースポット」と紹介されれば列をなし、「ご利益」と言われれば財布のひもを緩める。そこに根拠など必要ないのだ。判断の基準や取捨選択の理念を持たないからこそ、オウム真理経などといういかがわしいものにも簡単に操られてしまう。

その危険性を身をもって知ったからこそ、連合軍司令部は国と神社を切り離し、思想・信条の自由、信教の自由と言う、人として極めて当然の権利を憲法に明記させたのである。

A級戦犯の合祀だけが問題であるかのように思われているが、それは事の本質ではない。
日本という国の無神経な傲慢さ、宗教的無知。それが全ての根底にあることに日本人自身が気づかない限り、この問題は解決しないだろう。
こうした意味でも、私は伊勢神宮への政治家の参拝にも大いに問題有り、と思っている。
北朝鮮の核兵器開発の危機に際し、今こそ中韓との外交が重要になっているというこの時に、敢えて波風を立てる無神経さ、外交センスのなさ以前に、彼らは何を見据えているのかがわからない。

そこで再び考えるのだ。彼らが「靖国」でなければならないとする理由とは何か? と。

私はこんなものが「日本古来の伝統・文化」などとは思わない。そんな言葉で言い換えるまでもない。
靖国神社は、紛れもなく国によって作られ、そして今またその後ろ盾を求めて画策する一宗教団体に過ぎない。
政権の唱える憲法改正論議も、こうした事柄にリンクさせると胡散臭いし、実に気持ちが悪い昨今である。

私は12年前にもこう書いた事がある。

そこにいまだ漂うきな臭さを敏感に感じ取っていかなければ、また「いつか来た道」へ日本が進むのは間違いないと思う。「いつか来た道」とは、何も戦争をすることではなく、人が人として持って当然の、精神の自由、魂の自由が侵害される社会のことである。

そしてそれは今も変わっていない。

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12 Comments

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No title

ナイスを10 押したい所ですが 機能的に1つで^^

少し前 親戚の尾道のおじいさんが亡くなられました。90才目前でした。戦争時は陸軍として招集され 国内で出兵準備中に終戦、
その後 広島原爆投下後の清掃整理を経験された
そうです。
余りその当時のお話をされたがりませんでしたが 何十年前だったか
私がおじいさんとTVを見ていました。
ちょうど8月15日で 終戦記念日 広島の慰霊碑の前で黙祷の
中継が有った時だと思います。
私は何と言ったか はっきり覚えてませんが『悲しいですねえ』
というニュアンスで言いました。が おじいさんが私に言った言葉には驚かされました。
『肉が飛び足がもげて家も何もかも吹っ飛んだ あの場所を見た人間ならあんな事はしないよ。あんな事はまるでショーにしか感じないんだ。いいかい。本当に犠牲になった人々は あんな事を求めていないんだよ。ただ ただ 静かに眠らせてあげることなんだ。』

2013/04/27 (Sat) 18:09 | EDIT | REPLY |   

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No title

少し時間をおいて

『ただ ただ静かに。』と言われたことが昨日のように思います。
靖国も広島 長崎の慰霊式典もおじいさんにとっては 外交カードの
ようにうつっていたと思います。
考え方はそれぞれで 忘れない為の儀式とも言えますので おじいさんの考え方が全てではないと思いますが 現場の生の声として。

2013/04/27 (Sat) 18:16 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

泥舟さん、こんばんは。
軍艦島・端島の記事、拝見しました。珍しい写真をありがとうございました。
以前、旅行代理店のチラシを作った時に、初めてその存在を知りました。
実際に軍艦と間違われて魚雷攻撃を受けた事もあったそうですね。世界遺産への登録を申請していると聞きましたが、その後どうなったのでしょうか。

広島では、8月6日の早朝、式典の始まる前に平和公園を訪れ、静かに祈りを捧げる方も多いと聞きました。セクトに踏みにじられ、二つに分裂せざるを得なかった反核への願い。そうしたものに利用されることに嫌気がさした故の行動でしょう。

「日本も核武装すべきだ」とどこかの老人やヤフコメの住人が好き勝手にほざいておりますが、全く現実感がありません。
いったい何のために?
なぜ平和を望む心が「共同幻想」なのか?
「ならばお前自身が銃を持って最前線に行け」と言わせてもらいます。
自分以外の誰かが行くからこそ、大言壮語も可能なのです。

2013/04/27 (Sat) 21:48 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

おじいさんのお話は、現場を生きた方だからこそ言える、重い重い言葉だと受け止めました。

日本人は「一億総懺悔」と言って国民みんなが悪かったことにし、責任の所在を曖昧にしました。誰が国を滅ぼしたのか、なぜ止められなかったのか、日本は何をしたのか、またしなかったのか。自分たちの手でいまだ検証がなされていません。
それなのに「何が悪い」と開き直っている為政者たち。
その厚顔無恥さ加減に、私は見ていて恥ずかしく思います。
自虐史観と嘲る前に、政治家はまず、過去の日本が自国民に何をしたか、いかに多くの人の人権を踏みにじる行為をして来たかをきちんと知るべきです。
そうすれば、他国に対しても、もっと謙虚な言葉が見つかると思うのですけどね。

2013/04/27 (Sat) 21:49 | EDIT | REPLY |   

仙人ー旅先案内人  

No title

今日は、私はちえしゃ猫さんに深く同意いたします。またそもそも今日の主権回復の日って何?戦後68年、未だに政権党は太平洋戦争の反省をしていないと思います。あの戦争をごまかしているが故の今の蛮行。あの戦争で多くの才ある方々が亡くなりました。本当にわが国を愛する正しい信念を持った方々も亡くなりました。そして国の言うとおり生活していた多くの民衆が爆弾という名の下に命を落としていきました。それに対する当時の責任者に対する追求をしてきていません。他国に裁かれたという理由で過去を否定する。憲法もGHQから作らされた?確かに指示はあったかもしれません。ただ起草したのは時の首相でありその後、執行に及んだのはあの吉田茂元首相だったはずです。(その後、戦後初の国葬をされたのではなかったでしょうか。)その方の行為も無にするのでしょうか?

2013/04/28 (Sun) 13:04 | EDIT | REPLY |   

仙人ー旅先案内人  

No title

神風は吹きませんでした。もともとそんなものはないのです。勝てるはずのない戦を起こし多くの民を失ったのにその反省はなく。昔の怨念を晴らす?戦争は何も解決しません。ただ互いの憎悪が増すだけ。一億総懺悔と言いながら原爆という新兵器でやむなく終戦。国歌の意味とも反しますね。(私は某党の改正憲法案第1条、国歌は君が代ということにも反対します。故郷の3番がふさわしいと思う)改正憲法は有効投票の半数の支持といってますね。ということは国民のどれだけの賛成でいいわけ?1億で5000万人の支持ということではなさそうですね。そこにある支持者が賛成すれば良いというごまかしの姿勢が見えますし、国民一人ひとりを蔑視している姿勢が窺われます。
なんか取りとめがなくなりましたがFBでも少し書きました。

2013/04/28 (Sun) 13:14 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

仙人さん、こんにちは。
先ほどYahoo!ニュースの「主権回復の日」に関する記事に

「靖国参拝は当然 → A級戦犯・岸信介の汚名返上
主権回復記念式典 → 吉田茂の業績顕彰
安倍と麻生のおじいちゃんたちのためなんじゃないの? 」

というコメントを書き込んだら、「そう思う」を押して下さった方が9名もいらっしゃいました(笑)。
私は「ごまかしている」と言うよりも、「よくわかっていない」のではないかと思います。
神社 = 日本古来の信仰 = 参拝して当たり前
としか考えていないんじゃないでしょうか。
「日本人なら当たり前」という彼らの常識が常識でない人たちもいるということがわかっていません。したがって、非難されると腹を立ててさらに意地になるのでしょう。

2013/04/28 (Sun) 17:37 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

町内会でも平気で神社への寄付を集めに来ますしね。しめ縄を張り巡らせて当たり前。神輿を担いで当たり前。東京での宗教色のない自治会しか知らない私には、こちらへ来てびっくりすることばかりでした。
「神社は嫌いだから」と言うと「おかしなヤツ」という目で見られますよ(笑)。
いまだに残る強制力です。
だからこそ、政府が「参拝は当たり前」などと言ってはいけないと思うのです。

東京裁判でインドのパール判事が、ただひとり判決に異を唱えたことをもって、靖国神社に顕彰碑があるようですが、これも都合良く解釈し利用しています。
パール判事は、崇高な理念を持って、戦勝国が敗戦国を一方的に裁くことの理不尽さを指摘したのであって、日本が正しいと立証したわけではありません。パール判事にとってもこの靖国の顕彰碑は不本意なことでしょう。

何もかも自らの手で総括することを怠って来たのです。
それなのに「アメリカに押しつけられた憲法」? その前にすべきことがあるはずです。
「日本の伝統・文化を大事に」? 文楽への補助金を無駄だと言ってカットしようとしたのは、どこの誰だったでしょう。

2013/04/28 (Sun) 17:38 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

愛国心も、国に対する誇りも、人に言われて持つものではないと思います。国を愛してほしいのなら、まず尊敬できる国を作ればいいのです。
教育勅語の復活とか、道徳の教科化とか、武道を必修にするとか、懐古趣味にもほどがあります。
教育に必要なのは、ただひとつ。人間に焦点を当てること。人間主義に徹すること。それが全ての根本にあれば、知恵は自ずと湧いて来るのではないか。
そう思います。どんな手段を講じても、他人を思いやれない無神経さが根っこにあるうちは、全く意味がないと思いますね。

長くなりました。失礼しました。<(_ _)>

2013/04/28 (Sun) 17:39 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

FB、後ほど拝見したいと思います。

2013/04/28 (Sun) 17:47 | EDIT | REPLY |   

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No title

実際に軍艦と間違われて魚雷攻撃を受けた事もあった
↑これは新聞社か国の報道か分かりませんが 嘘です。
正しくは端島に停泊中の石炭積荷していた船が魚雷攻撃を受けた。
です。士気を高める為と米を見下した 当時のいい加減な情報です。
徹底的に日本を叩きつぶす米として 端島の燃料は攻撃目標だった
と思います。長崎三菱という大きな軍需産業の舞台ですから
コークス(石炭の粉)というエネルギーカットも視野に入れての事
でしょうね。

そうですね。世界遺産への登録を申請しているみたいですが
まだみたいです。
と いうか 其れ以前にこの場所で炭坑夫を好条件で雇うふりをして
過酷な労働をさせ 日本人は多数自殺し中国人韓国人などは島逃げ
(成功していない 死亡?)など 軍需産業に傘下した三菱も
何のおとがめもなく ましてや
国も登録表明の前にしなきゃならん事があるでしょうが。。。

2013/04/29 (Mon) 21:36 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

あら~~~、そうなんですね!
旅行会社のカタログとかネット等で見たんですけど。( ̄Д ̄;;

ネットでは軍艦島の廃墟の写真をアップしていたサイトがあって、それを見ながら住んでいた人たちの暮らしをいろいろと想像してました。随分過酷だったんですね。ここにも知られない部分がたくさんあるようで考えさせられます。

先ほどヤフコメをザザッと読んでいましたが、極端な美化と由々しき差別的発言のオンパレードで、気持ちが暗澹として来ました。
国粋主義者の思考回路というのはどうにも理解できません。

2013/04/29 (Mon) 23:13 | EDIT | REPLY |   

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