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ようやく日常

順調に回復しつつあると思っていた父でしたが、27日の夜、容体が急変し、28日の朝10時過ぎに亡くなりました。
連絡があり次第、一人で急いで帰ろうと思っていましたが、長女から「一緒に行くつもりでいた」と聞けば、次女にも声をかけないわけにはいきません。次女もやはり「行きたいから会社を早退する」と。
そうすると、新幹線の往復だけでも3人でおよそ120,000円……( ̄Д ̄;; 高~~!

「ものは相談だけど、車で行く?」

と娘たちと電話で話していると、夫が「車なら僕も行きたい」と。

そこで仕事の根回しをし、用事を片付け、次女が29日中に一人で新幹線で戻るので、猫たちには丸一日分のエサと水を用意し、たくさんのおむすびを持って、その日の午後に広島を出ました。

思えば一家4人、揃って東京に行くのは、それこそ10数年ぶりではないでしょうか。
父がくれた久しぶりの家族一緒の時間。そんな気がしました。

東名の集中舗装工事による車線規制の渋滞に巻き込まれながら、空が白み始める頃に実家に到着。兄が布団を敷いて待っていてくれたおかげで、簡単に葬儀の段取りを確認した後で、即爆睡しました。

火葬の順番待ちで、何日も遺体を保管庫で預かってもらうという東京のお葬式事情は、時折耳にしていましたが、その一端を垣間見ました。
私達が到着するまで、とりあえず父の遺体は葬儀屋さんで預かってもらっていました。
29日は友引で火葬場がお休み。30日の朝一番なら空いているとのことで、葬儀は29日の夜、都営住宅内の集会所を借りて、家族葬でごくごく簡素に行なうこととし、その後、再び父を葬儀屋さんに預け、翌朝遺体は火葬場に直行。私達も直接火葬場に向かい、火葬・拾骨、という段取りです。
次女は葬儀までいることができないため、遺体を預けている保管室で一足早く父と対面し、その足で広島へとんぼ帰りです。

呼吸が苦しかったのではないかと思いますが、父の顔は安らかでした。

広島では、市営火葬場の休みはお正月の1日・2日と秋分の日、年間3日だけですが、東京の火葬場は月に4~6日も休むことになります。ただでさえ人口が多いのに、それは順番待ちも出ることでしょう。都会なのに、意外と縁起をかつぐのですねぇ。

30日の朝、(先導する兄が道に迷うというハプニングはありましたが)無事に父を見送ると、あとは兄と妹に任せて、私達三人は帰途につきました。
月が変わって既に2日。ようやく疲れもとれ、心も日常に戻りつつあります。

なんとも慌ただしい、かつしんどい強行軍でしたが、上京など体力的にはとても無理だと思っていた夫も、何とか一緒に父を送ることができました。
今になって思えば、3年前に娘たちを連れて帰省し、元気だった父に会わせることができたのは、ギリギリセーフでしたね。父が倒れたのはあの直後でしたから。

病院で「また来るからね。元気になってまた会おうね」と言った時に、目にうっすら浮かんだ父の涙を、今、思い出しています。これが最後だと、きっとわかっていたのでしょうか。
こうして自分に繋がる人たちがいなくなっていく。そしてまた私達は新しい世代を育み、その子らが次の命を生む……。命をつなぐ不思議さを感じます。

職人で絵に描いたような頑固親父で、曲がったことは大嫌いでした。
それでも広島に嫁に来る時は「お前の人生だから、自分で責任をとれるなら好きにしなさい」と意外とあっさりと許してくれましたね。「今まで預かっていた娘を、こちらにお返しします」という結婚式での挨拶は、今でもみんなの心に残っていますよ。
あなたの開いてくれた我が家の道を、娘たちも何とか引き継いでくれそうです。
何よりもそのことに最大限の感謝を捧げます。
「幸せな人生でしたか?」と心で父に尋ねつつ、91年の人生に合掌。

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13 Comments

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No title

謹んでお悔やみを申し上げます。


お父様が開いて下さった道。

お父様はこれからもずっと側に居られると思います。

2014/11/03 (Mon) 06:15 | EDIT | REPLY |   

ひやく  

No title

そうですか、残念でしたね。でもお父様は親孝行な子供に恵まれ幸せだったと思いますよ。

2014/11/03 (Mon) 07:26 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

macoさん、おはようございます。
ありがとうございます。<(_ _)>
父は、なかなか自分で思い描いたような人生を送ることはできなかったのではないかと、娘ながらに思います。
「この、くっそ親父~~~」と思うこともありましたが(笑)、人間、如何に生きるかという、大きな目的に向かう道を開いてくれました。それを少しでも先に伸ばしていくことが、父の恩に報いることだと思います。
そして娘たちがさらに広げて行ってくれれば、それに勝るものはありません。

2014/11/03 (Mon) 10:46 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

ひやくさん、おはようございます。
なかなか慌ただしく、気がつけば二週間があっという間でした。
昨日、坂道を登り切った所に立っていたおじいさんが、一瞬、父に見えました。まだまだ実感が湧きませんが、こんな風に折々で思い出すのでしょうね。

2014/11/03 (Mon) 10:52 | EDIT | REPLY |   

k_nut  

No title

心からのお悔みを申し上げますと共に
お父様のご冥福をお祈りいたします

ちぇしゃ猫さんの文章を読みながら、
父の時のことを思い出し、ちょっと涙が出ています^^;
私なんか、思っただけじゃなく言ってましたから「このくそオヤジっ!」って。
ヒドイ娘です(笑)

ちょっと経った頃になってふと悲しくなったり疲れがでたり…。
急に寒さも感じられるようになりましたので、どうぞご家族の皆様ご自愛くださいますように。

2014/11/03 (Mon) 13:50 | EDIT | REPLY |   

はなせんめい  

No title

心より御冥福をお祈り申し上げます。

広島のご自宅に戻ってすぐ、だったのですね。もう少し生きていてほしかったですね。

「命をつなぐ不思議さ」を私も思います。
30年前に亡くなった父親に、目元がそっくりだ、と今も元気で生きている叔母に言われます。父親の遺伝子をしっかり受け継いでいるんだな、と感じます。

ちゃしゃ猫さん一家が元気でいることでお父様も喜ばれることでしょう。

2014/11/04 (Tue) 18:20 | EDIT | REPLY |   

ShiroTanino  

No title

合掌

今夏、初めて我が父が入院するという体験をしました。
それほどの大事に至らないという診断の故か母は私の帰省目前になるまで、その事実を告げませんでした。
帰省を退院日に合わせ、迎えに行きました。幾分小さくなった父は『おぉ早かったやないか』といつもの調子。 何事もない日常のありがたさとはこういうことなのでしょうね。

佛足石歌でしたでしょうか『千代もと祈る人の子のため』とありますが、実にそのとおりです

あらためまして合掌

2014/11/05 (Wed) 19:05 | EDIT | REPLY |   

ShiroTanino  

No title

『伊勢物語』でした(^^ゞ

2014/11/05 (Wed) 19:07 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

3日 午前 11:09のナイショさま。
ありがとうございます。
今回はこんなことで慌ただしい往復でしたので、何もご連絡できず、すみませんでした。<(_ _)>
また、次の機会にはぜひお目にかかりたいものですね。

2014/11/07 (Fri) 21:33 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

k_nutさん、ありがとうございます。
「くそ親父~~っっっ」などと言おうものなら、「何を~~っっっ」と、平手打ちが飛んで来ましたからねぇ、うちの父は(笑)。

晴れた空を見上げたり、そよそよと吹いてくる風の中に、ふと、以前より身近に父を感じることがありますね。
宇宙や自然というような、大きな存在に溶け込んでいるように思えます。

2014/11/07 (Fri) 21:42 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

3日 午後 2:54のナイショさま
ありがとうございます

ご不幸が続くと辛いですよね。ホントに親と言うものは大きな存在だったと、失って改めて感じます。
一日も早く前を向いて行かれますことを、お二人は願っておられることでしょう。
そしてそれが残ったものの努めだと思います。

頑張りましょう。d(>_・ )

2014/11/07 (Fri) 22:01 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

はなせんめいさん、ありがとうございます。
父への追善回向、心より感謝申し上げます。
最初に倒れた時に危なかったことを思えば、少し回復したのは、私が到着するのを待っていてくれたようにも思えます。
遠くへ嫁ぐということは、万が一の時には間に合わないということだと覚悟はしていましたが、最後に言葉を交わせたのは、ひとえに父の思いやりだったのだと感謝しています。

2014/11/07 (Fri) 22:09 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

しろうさん、ありがとうございます。

それはご心配でしたね。お父さまに大事なく何よりでした。
でも何も変わらないように振る舞ってくださることで、「心配いらないぞ」とおっしゃりたかったのでしょう。

お父さまには、ぜひともご自愛いただきますようお祈り致します。

2014/11/07 (Fri) 22:20 | EDIT | REPLY |   

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