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自衛隊からも批判される総理の安保政策

「リテラ」にこんな記事が載っていた。


2015.02.18(野尻民夫)

「朝雲」は1952年に警察予備隊(自衛隊の前身)の機関紙として創刊された日本で唯一の自衛隊専門紙だ。現在は民間の朝雲新聞社に発行元が委譲されているものの、今も防衛省共済組合を通じた自衛隊内での購読がほとんどで、紙面も自衛隊の訓練・活動報告や隊員の寄稿が中心。事実上の自衛隊機関紙といっていいだろう。
その「朝雲」が連日の国会での机上の空論のような安全保障論議が聞くに堪えなくなったのか、チクリと安倍政権批判を展開し、防衛関係者の間で話題となっている。
「朝雲」は毎週木曜日発行で、問題のコラム「朝雲寸言」が掲載されたのは先週2月12日付の紙面だった。
〈過激派組織「イスラム国」による日本人人質事件は残念な結果となった。悔しい気持ちはわかるが、自衛隊が人質を救出できるようにすべきとの国会質問は現実味に欠けている。〉(同コラムより)
と、書き出しからいきなり「国会質問は現実味に欠ける」とバッサリ。以後、軍事力による人質救出がいかに不可能かが論理立てて書かれている。
それによると、米軍が昨年、米国人ジャーナリスト救出のために精鋭の特殊部隊「デルタフォース」を送り込んだが、そもそも人質の居場所さえ突き止められずに作戦は失敗したという。米軍は当然「イスラム国」の通信を傍受し、ハッキングも駆使しながら情報収集してもダメだった。さらには地元協力者を確保し、方言を含めたあらゆる言語を操れる工作員を潜入させていた。米軍の武力行使は自衛隊と違って制限がない。それでも、人質を救出はできず失敗した。
〈国会質問を聞いていると、陸上自衛隊の能力を強化し、現行法を改正すれば、人質救出作戦は可能であるかのような内容だ。国民に誤解を与える無責任な質問と言っていい。〉(同コラムより)
文章の名目上、批判の矛先は「質問者」に向けられる形になっているが、真のターゲットが安倍晋三首相であることは疑いない。なにしろ、「人質救出に自衛隊を」と言いだしたのは、安倍首相本人だからだ。事件発覚直後の1月25日、NHKの『日曜討論』に出演し、通常国会での安全保障と集団的自衛権関連法案の成立に向けた意気込みを問われ、いきなりこう言いだしたのだ。
「この(テロ殺害事件)のように海外で邦人が危害に遭ったとき、自衛隊が救出できるための法整備をしっかりする――」

大手メディアはほとんどスルーだったが、とんでもない発言だ。安倍首相の頭の中では安全保障や集団的自衛権とテロ人質事件がごっちゃになっているようなのだ。その点、前出のコラムは論点をきちんとこう整理している。
〈これまで国会で審議してきた「邦人救出」は、海外で発生した災害や紛争の際に、現地政府の合意を得たうえで、在外邦人を自衛隊が駆け付けて避難させるという内容だ。今回のような人質事件での救出とは全く異なる。〉(同コラムより)
そして、次の結論を安倍首相も心に刻むべきだ。
〈政府は、二つの救出の違いを説明し、海外における邦人保護には自ずと限界があることを伝えなければならない。私たちは、日本旅券の表紙の裏に記され、外務大臣の印が押された言葉の意味を、いま一度考えてみる必要がある。〉(同コラムより)
いまさらこんな当たり前のことを指摘されなければいけないような人物が自衛隊の“最高指揮官”だというのだから、なんとも恐ろしい話ではないか。

12日に行なわれた所信表明演説で、昨年暮れの衆院解散と総選挙の結果をもって

「安定した政治の下で、この道を、更に力強く、前進せよ」これが総選挙で示された国民の意思であります。

と述べた総理だが、師走のどさくさに紛れたような、解散の理由もいまいち納得できず、しかも目立つ対抗勢力もない選挙に投票率は伸びず、過去最低の52.66%に終った。
多くの有権者が、自民党では「……」とは思うものの民主党に任せる訳にもいかず、
「まだ景気回復も結果が出ていないし、とりあえずもう少しアベノミクスやってみれば?」という消極的な選択をしたものと思う。

自民党の議席は微減。
しかし連立を組む公明党は議席増。民主党も議席を伸ばし、共産党は躍進。
維新の党は分裂したこともあり、今回は様子見だろう。総理の右傾化を煽りそうな次世代の党は壊滅。

このことを見ても、国民の意志は安倍総理に対しあまり前のめりになるなと警告をしているように思う。他党に歯止めとなるように期待しているのだ。
しかし勝てば官軍。最近の総理の言動は、聞いていて悲しくなるほど心がない。

最近では、ISにより拉致・殺害された湯川さんと後藤さんの事件を、自衛隊の海外での武力行使を可能にするために、最大限に利用しようとしている。
政府が「あらゆる手段を尽くし」たにもかかわらず、二人の命を救えなかったことへの遺族への謝罪は、今に至るまで一切なく、野党の追求に対しては「何も問題はない」と
笑いながら答弁をする。

湧き上がる自民党委員からの拍手を聞きながら、どうしようもなく悲しくなる。
総理や官房長官の額には「自己責任だからしょうがないだろ」という思いが、ありありと見てとれる。

後藤さんが命を賭けて私達に伝えたかったものが何だったのか。
ただミサイルや砲弾が飛び交うのが戦争ではなく、その陰で名もない庶民や女性や子どもたちに塗炭の苦しみを与える以外の何ものでもないのだと、ともすれば実感を伴わずに忘れられている現実を、私達に突きつけてくれたのではなかったか。
人質を救出するために、自衛隊が他国へ出向いて武力行使をすることが、後藤さんの本意ではなかったことは明らかだ。

そして政府は、周辺事態法から自衛隊を派遣する地理的な制約をなくし、後方支援する国の縛りをはずし、国連の安全保障理事会決議を要件としないという恒久法の原案を与党に提示した。

「朝雲」のコラムは、それらの動きへの反発であると言えようか。

この原案は、慎重に慎重に議論を重ね、集団的自衛権の行使に徹底的に縛りをかけた上で、7月1日の閣議決定に同意した公明党にとっても憂鬱な話だろう。
個人的にはもっと怒るべきだと思うし、怒ってもらいたい。

執拗な「朝日」叩きの目的が何であったのか、腰砕けの「毎日」。御用新聞の「読売」「産経」。政府の意向を汲まないと報道できない〈公共放送〉のNHK。
権力に萎縮したジャーナリズム。
報道の自由度が先進国中最低だと言われる理由を、私達はもっと考えなければならないと思う。こうした批判は、自衛隊の機関紙の一コラムではなく、ジャーナリズムに日々の糧を得ている人々が行なうべきことではないか。

日本は不自由な国になりつつある。

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