FC2ブログ

長い夏でした

「日赤で検査を受けたんじゃけど」

と義母から電話があったのは、8月も下旬に入った頃。

「どうやら悪性の腫瘍ができたらしいから、今度の検査の時に一緒に行ってくれる?」

とまさに晴天の霹靂の話。しばらく前から血便が出ていて主治医に相談したところ、広島赤十字病院を紹介され、義妹に付き添ってもらって大腸ファイバー検査を受けた結果だということでした。

8月の末から9月の上旬にかけて、胃カメラやCT検査、注腸検査を受けた結果、まだ大腸の内側に留まっている状態で他への転移も見られないので、外科手術で患部を取れるという見立てでした。気がかりなのは88歳という年齢。実家の母は同い年ですが、子宮体がんの手術はできませんでした。

「医者に手の施しようがないと言われた」と母が落ち込んで電話をしてきたのは、7年前のことでした。
がん自体はI期のbなので初期には違いないものの、放射線治療でがん細胞を全部殺しきれず、手術は、81歳と高齢のため負担が大きく、逆に寝たきりになる可能性が高いのでしない方がいいということだったのですが、当人としてみれば見離された感はあったのだと思います。
現在は認知症が進んでいるため、がんと共存しながら療養型の病院にお世話になっています。

そんなことがありましたから、今回は腹腔鏡とはいえ、88歳で手術できることが驚きでした。
9月28日入院、10月1日手術。手術を挟んで一週間ほどの絶食状態にも、頑張って耐えてくれました。
「腸閉塞や血栓の予防のためには、ともかく歩くこと」と言われて、手術の翌日から一所懸命病棟内を歩いていたようです。

私の胆石の手術の経験から、術後、麻酔の切れた後の長い夜と痛みが心配でした。
ところが翌日病室に行ってみると「朝までぐっすり眠れた」とケロッとしています。その後も痛み止めを止めるまで「ひとつも痛くなかった」と言うのには、ホッとしました。

そして医者の説明通り、ちょうど2週間で退院。「まだ死ねんのんじゃね」と意気盛んです。

26日は、退院後、初めての外来受診でした。
当初の予想のS状結腸ではなく、少し肛門よりだったので、結果的には結腸がんだったこと。
一つだけリンパに転移しているが、あまり悪さをする細胞ではく、今後慎重に見守っていくこと。
次回の受診は3カ月後。それまでは「普通に」過ごしてください、等の説明を受けました。

大勝利じゃないですか。
この診察が終わるまでは油断できないと気を張っていましたが、ようやく安心しました。

長女も栃木から帰ってきて、無事退院するのを見届けてから、また戻って行きました。

その頃、体調を崩して「風邪をおばあちゃんにうつしたらいけないから」とお見舞いを自重していた次女は、このほど妊娠が発覚! 
風邪ではなく、つわりだったようです。

夏の豪雨災害やら家族の闘病やら、いろいろあって、今年の夏は本当に長く感じました。
朝、窓を開けると秋風が心地よく吹き、金木犀の花が香り、木々が色づいて、「やっと秋が来たんだな」と、心から感じる昨今です。
スポンサーサイト



2 Comments

k_nut  

No title

お義母様なによりでした。
普通に過ごせる毎日のなんとありがたいことか、年をとってしみじみ思うことです。

そして!
お嬢様、おめでとうございます!
来年はおばあちゃんとしての楽しい夏になりそうですね(*^_^*)

2018/10/30 (Tue) 17:40 | EDIT | REPLY |   

ちぇしゃ猫  

No title

k_nutさん、こんにちは。
その節はまたありがとうございました。<(_ _)>
辛い治療にならないことばかり皆で願っていましたので、胸をなで下ろしています。今後も、体調等、気をつけて見て行きたいと思います。

孫…、って複雑ですねぇ。全然実感がありません。
どうなることやら。
こちらも無事に生まれてくることを願うばかりです。

2018/10/31 (Wed) 13:04 | EDIT | REPLY |   

Post a comment