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平成最後の

今日も朝からこればっかりだ。

元号が変わることで、私たちの生活の何が変わるのだ?
粛々と迎えればいいことで、なぜこのようなお祭り騒ぎになっているのか、よくわからない。

昭和から平成という時代に変わって以降、私はずっと痛々しい思いとともに明仁天皇を見ていた。

昭和天皇の名の下に行われ、有為な青年を死地に追いやり、慎ましい生活の営みを破壊し、人々に塗炭の苦しみを味わわせた戦争だったが、為政者は誰も国の舵取りを誤ったことに対して国民に謝罪をせず、その責任は「一億総懺悔」と一人一人に負わされた。
昭和天皇も、責を負うことなくその地位にとどまり、謝罪の言葉はなかった。
というよりも、謝罪は許されなかっただろうことは、想像に難くないけれど。

昭和天皇が世を去り、明仁天皇はその荷をそのまま引き継いだように私には思われた。

戦没者への慰霊の旅は、放置されてきた戦争責任を一身に担い、自身しか果たせない使命として続けてきた「贖罪の人生」ではなかったのか。そしてその心を正しく理解し、ともに寄り添った皇后は「戦友」であると、二人を好もしく見ていたことも確かである。

「象徴」が意味するものは何か、曖昧な言葉をどのように具体化するか。
どこにも答えはないし、誰も教えてはくれない。
手探りで必死に導いた答えがその行動そのものだったのだろう。
ただこれは、明仁天皇の導いた彼自身のための答えであり、令和の時代には、またその時代にあった答えを見つけるべきではないだろうか。

ここの前に書いていたブログにこんな文章があった。



 「国政に関する機能を有しない」とされる天皇の立場だが、一個人としては当然思うこと、考えることもあるだろう。それを口に出来ないもどかしさや苦悩もあるのではないか。私は逆差別という理由から、天皇制はない方がいいと思っている。長い歴史の中で、権力者に散々利用されてきた「天皇」という存在に一番忸怩たる思いをしているのは、もしかしたら天皇自身に他ならないのかもしれない。
(2004/11/13)



皇室典範の見直しが言われる。「女性が天皇になることを認めるべきだ」と。
でも選挙権もない人達を相手に、男女同権もないだろう。あの人達は運転免許証も持てないのだよ。
職業選択の自由もない。人前で意見を述べることもできない。
基本的人権を徹底的に取り上げられた、いわば「人間でない」役割を押しつけられた人達に、何を今さらと思うばかり。せめて「天皇の自発的退位」、これくらいは認めてあげてほしい。
(2001/12/3)



後の文は、もう17年以上も前のことだ。
今回の退位はあくまで特例措置であり、明仁天皇限りということだが、「自発的退位」がようやく認められたことを思うと感慨深い。

それにしても、一見温和な顔にごまかされているけれど、伝統という言葉に縛られた旧習をいろいろぶち壊してきた、かなりアナーキーな天皇だったと振り返ってみて思う。

これからは誰に憚ることなく、ご自身の人生を送られることを願っている。
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