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「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」

国芳芳年展

浮世絵というジャンルはあまり食指が動かないものの、そろそろ臨月の次女と約束したので、10日、一緒に県立美術館へ行ってきました。
前日に来場者が1万人に達したというニュースが流れたばかり。会期は4月13日から。ゴールデンウィークを挟んだ割にはそれほど多くないと思われます。
2016年の暮れにエッシャー展を見に来て以来。平日の午前中ということもあってか駐車場も余裕。

評価の低かった幕末期の絵師・歌川国芳に着目して蒐集につとめ、宣揚した高木繁氏と尾崎久弥氏のコレクションの中から、国芳とその弟子・月岡芳年、落合芳幾、歌川芳艶ら約150点の作品と資料を紹介しています。

撮影OKでしたが、照明の具合によってはどうしても写り込みは避けられません。
(横長の画像は大きめに加工していますので、虫めがねをクリックすると拡大されます)

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歌川国芳「忠臣蔵十一段目 両国橋勢揃図」文政10年(1827年)頃

忠臣蔵の義士たちが両国橋のたもとに集結したところ。31歳頃の作だが、ワイドスクリーンの萌芽といえる両国橋の描き方や群衆表現、白雲とむら雲を組み合わせた洋風表現など、国芳の特色を備えた秀作といえる。

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歌川国芳「列猛伝 源三位頼政」弘化2年(1845年)頃

国芳は横長だけでなく、縦長の画面でも迫力や緊張感を表現した。源頼政が放った矢の先に、妖怪鵺(ぬえ)がいるはずだが、ここでは描かれない。反り返ったポーズで、頼政が矢に込めた、渾身のエネルギーを表す。

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歌川国芳「相馬の古内裏」弘化2~3年(1845~46年)頃

平将門の遺児・滝夜叉姫は妖怪によって大宅太郎光国に怪異を仕掛ける。原作では等身大の骸骨が数百体出現するところ、国芳は闇の中からぬうっと現れる、ありえないほど巨大で迫真的な骸骨を登場させた。49、50歳頃の作。

※この作品がこの展示会のメインのビジュアルとして使われています。

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月岡芳年「英名二十八衆句 御所五郎蔵」慶応2年(1866年)

侠客・御所五郎蔵は、暗闇のなか、妻さつきと間違えて主君の恋人逢州を殺してしまう。腰にくくるは逢州の首。五郎蔵に襲いかかる敵役の星影土右衛門がシルエットで表されるのが面白い。

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歌川国芳「清月の月」天保年間(1830~44年)中期

中秋の明月を描く。障子に映る薄の影が月光を強く意識させる。国芳はじっとしていない子どもの習性を、左脚を曲げたポーズで表した。それにより画面のリアリティがぐっと増す。着物にあしらわれた雪の結晶は最新のデザインである。

※現代でも通用するモダンな柄ですね。

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歌川国芳「観世音霊験」天保13年(1842年)か

「一ツ家」自体は、国芳自身も安政2年(1855年)以前にたびたび描いている。46歳頃に描かれた本図は娘と老婆の緊張みなぎる力感や、視線を稚児へと誘導する煙の表現など、迫真性に満ちた作品になっている。

※「一ツ家」…武蔵国浅茅原に住む老婆が、旅人を石枕に寝かせ石を落として殺していたが、観音の力で改心するという伝説。「安達ヶ原の鬼婆」も同様。

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月岡芳年「一魁随筆 一ツ家老婆」明治5年(1872年)

芳年34歳時の「一ツ家」。綱の下でもみ合う老婆と娘という構図は師匠に学ぶ。しかし2人の身体をねじらせ、動きをつけたところに彼の探究心がみえる。以後、研鑽を重ね、芳年の一ツ家表現は進展していく。

※構図が素晴らしい。

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月岡芳年「東名所隅田川梅若之古事」明治16年(1883年)

人買いにさらわれた梅若丸は、隅田川の岸辺で病にかかり、12歳の儚い命を散らせた。春雨のなか、ときならず吹いた風に桜が散り乱れ、力尽きた梅若丸に降りかかる。芳年は少年の悲劇を情感たっぷりにワイド画面で展開する。芳年45歳頃、円熟期の逸品である。

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月岡芳年「月百姿 吼(こん)かい」明治19年(1886年)

「吼かい」は狂言の「釣狐」の別名。老狐は僧侶の白蔵主に化けて猟師のもとに行き、狐釣りをやめるよう説き伏せる。説得に成功し、気が緩んで正体が現れ始めたところ。芳年は、月明かりに浮かぶ薄の穂を無線で表現し、作品の夢幻性を高めた。


この時代、西洋画も数多く日本に入ってきたようで、紹介されている作品の中には、明らかに聖母子像やキリストの絵を模したと思われるものもあり、興味深かったです。
印象派の画家たちが、日本の浮世絵に深く影響を受け、その作品に手法を取り入れたこともよく知られていますが、それと逆のパターンもあったのですね。西洋画の精緻な写実性に驚嘆し、様式にとらわれない表現に憧れを抱いた人たちの、強い探究心が見て取れるようでした。

また印刷という技術が芸術を庶民の身近に普及させることにより、庶民のエネルギーを吸収し反映させ、新たな文化を生み出していくという流れは、洋の東西を問わず必然であったことも、改めて感じさせてくれました。大衆文化、やはり面白いです。

26日まで行われていますので、お近くの方はぜひどうぞご覧ください。



「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」展


◎会  期  4月13日(土)~5月26日(日)会期中無休
◎会  場  広島県立美術館 広島市中区上幟町2-22 Tel 082-221-6246
◎開館時間  9:00~17:00(金曜日は20:00まで)
◎入場料   一般1,200円/高・大学生1,000円/小・中学生600円

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