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時とともに


長いこと病気療養中の仲人さんが21日に亡くなり、22日の通夜、23日の告別式に参列して来ました。

廿日市市と町村合併する前に大野町の町会議員を6期24年努め、地域の集いにご自宅を提供してきたこともあり、通常の倍以上の椅子が並ぶ会場も、30分前には全て埋まりました。それでも続々と人が集まり、かなりの人数が後ろに立たれていました。

ただただ人のために尽力された、86歳のご生涯を物語るみごとなお葬式でした。

それでも身近な方がまたひとり亡くなり、淋しさは否めません。

父と同世代ということもあり、父にも《その時》が静かに迫りくるようで、どうしても重ねてしまいます。

お正月に実家に帰って、両親の元気な顔を見ました。
珍しく冗談などを言って、久しぶりに見る孫たちを笑わせていた時からわずか二週間後、急に、父は人間であることをやめてしまったようです。
17日の夜に転んで起き上がれなくなった父を救急車で搬送してもらったそうですが、「骨には異常がない」と帰されました。ところが、連絡を受けて来てくれたケアマネージャーさんが父を一目見るなり、
「これは重篤な脱水症状だから、もう一度救急車を呼んで下さい」と、再搬送となりました。

「その時から、もう普通じゃなかった」と妹が言っていました。

母のことは認識できるらしく「バカ野郎」と叱り飛ばしているものの、兄と妹のことはわからない。
「壁に文字が書いてある」と言ってみたり、受話器を取り上げてお箸でつついたり…。
病院では点滴の針を自分で抜く。「トイレに行く」と歩き回る。

脱水症状で幻覚を見ることがあるそうで、この奇行の原因を調べるために二週間ほど検査入院することになりました。

21日に仲人さんが亡くなったという連絡を受け、母に電話をしましたが、相変わらず兄や妹を見てもわからないようです。きちんと病名がわかるまで、多分今月いっぱいかかるのではないかと思いますが、帰る間際に見た父の顔を思い浮かべると、伝え聞くその急激な変わりようは、かなりショックです。

娘たちを連れて帰ったことで、父の中で何かがぷつんと切れてしまったのだろうか、と思うと胸が痛みます。何も力になれない自分の不甲斐なさも噛み締めています。
実家から遠く離れたところに嫁ぐことで、親の死に目に間に合わないかもしれないことは覚悟していましたが、役に立たない自分を情けなく思うことは、正直なところ、想定外でした。

検査の結果を待って、今後のことを話し合うために、何度か往復しなければならないでしょう。

父は88歳。もういつどうなってもおかしくないのが現実です。
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