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8月6日の平和公園



平和公園には、朝早くからたくさんの蝉の声が降りそそいでいる。



「平和の鐘」
鐘作りの重要無形文化財保持者(人間国宝)、香取正彦氏の作品。
鐘の表面には「世界は一つ」を象徴する、国境のない世界地図が浮き彫りにされ、撞座(つきざ)は、原水爆禁止の思いをこめて原子力マークに、その反対側には撞く人の己の心を写しだす鏡が入れられた。
ハスの葉で傷をおおい火傷の痛みをしのいだという被爆者の霊を慰めるために、鐘楼の周囲の池にはハスが植えられている。



「原爆供養塔」
内部には納骨堂があり、一家全滅で身内が見つからなかったり氏名が判明しない方々、約7万人の遺骨が納められている。毎年8月6日には供養塔の前で、さまざまな宗教・宗派合同の供養慰霊祭が営まれる。



「原爆の子の像」に捧げられた千羽鶴。



「原爆の子の像」
2歳の時被爆し、12歳で突然白血病と診断され、8か月間の闘病生活の後短い生涯を終えた佐々木禎子さんは、「鶴を千羽折ると病気が治る」と信じ、薬の包み紙や包装紙などで1,300羽以上の鶴を折り続けた。病気を乗りこえ、懸命に生きようとした「サダコ」の物語は、ヒロシマの悲劇の象徴として、日本だけでなく海外でも広く語り継がれている。
佐々木禎子さんをはじめ原爆で亡くなった多くの子どもたちの霊を慰め、世界に平和を呼びかけるために、禎子さんの同級生による募金活動から始まり全国3,100校余りの生徒と、イギリスなどの国外からの支援で像が完成。



元安橋とレストハウス
レストハウスは、元・大正屋呉服店。爆心地の近くでありながら爆心地側に開口部のほとんどない強固な建物だったためか、基本的形態をとどめて残った。現在は改修され平和記念公園レストハウスとして使用されている。なお、地下室は現在も被爆当時のままである。



その日、私はここにいなかったけれど、66年後の今、ここに生きて当時に思いを馳せる。
それが大事なことなのだろうと思う。
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